翌日から、二人の任務が始まった。そして、任務をこなしていく内に二人の中にわけも
わからぬ何かが芽生えていた。それが互いの気持ちである事に気付きはしなかった。なぜ
なら、話すことがないからだ。
「日向」
 ある日、廊下を歩いている時に呼び止められた。振り返れば、教官がそこにいた。任務
かと腹に決めて教官の目を見た。
「藺藤はどこだ?」
「あいつは真面目ですから学校ですよ」
 任務のない日は夕香のように遊んでいるか月夜のように学校に行くかの二つに分かれる
のだが、大体は学校に行っている。夕香のように遊んでいるのは嵐と莉那ぐらいしかいな
い。
「模擬戦でもやりなさい。学校は別に良い」
「遊んでいるのは?」
「緊急任務の時には役立つから黙認してやっているだろう。とりあえず馬鹿にはなるな」
 その言葉に閉口した。そして、ふと目の前が翳ったと日の光があたる横を見ればいつの
間にか月夜がそこにたっていた。
「模擬戦でもしてろ。勉強などできるだろう。お前なら」
「それはそうですけど、出席日数などがあるんですよ」
「誤魔化せるだろう」
「めんどくさい」
 紺色のブレザーに白いシャツ、赤いネクタイを締めた月夜は深く溜め息を吐いた。品行
方正の容姿端麗、博学多才として学校で知らぬ者はいないと言わしめる優等生だが裏の通
り名は黒豹とも黒猫とも呼ばれ表裏どちらでも一目おかれている存在だ。
 制服も着こなし髪の色も染めず校則の具現とも言われている月夜は学校の教師たちにと
っては完璧な存在だった。
 ネクタイを緩め第二ボタンまで開けて熱くなり始めた季節に対応しようと襟を持って中
に風を送っている。白い鎖骨がチラリと見えている。
「模擬戦ですか?」
「ああ。互いの実力を知っているのも強さにもなろう。まだ新参者でしかないお前たちは
任務の成功率を高めるしかないだろう。これまでは十回中十回の成功だが、驕ることはな
かれ。大変になるのはここからだ。分かったな」
「はい」
 頷くと二人同時に溜め息をついた。
「お前達が頼みの綱なんだ。あの狼と狸は駄目なんだ」
「狸の時点でやばいだろう。狼は単体での能力は俺にも勝る。頭があれだからあまりそう
見られてないが」
「そうね。変化だけがとりえの狸だもんね」
 嵐の能力を素直に認めている月夜と莉那のとりえを語る夕香に分かれた。それを見て教
官は深く溜め息を吐いて肩を竦めた。
「というわけで、迷処で模擬戦だ。私もついていかなければならないから一時間後に裏に
来い」
「はい」
 その言葉に頷くと二人は何も言葉を交わさず目もあわせずに背を向けて自室に戻ってい
った。
「この仲の悪さには閉口させられるな」
「しょうがないですよ、教官」
 いつの間にか教官の目の前には肩をすくめて苦笑を浮かべている嵐がいた。
「そこにいたのか」
「はい。……面白い事考えますね。教官も。あいつ等もよく従ったな」
「それはあいつ等が身にしみて分かっているからであろう。お前らとは違ってな」
 その言葉に苦笑して土色の髪を掻いて腕を組んだ。教官の隣の壁に寄りかかって窓から
覗ける空を見た。
「あれは狸だけです。学習能力と言うものがないから。それより、なぜ、あそこまで対極
的に違うか分かりますか?」
 教官の横に立って横目で見る。嵐から見ると教官は少し小さい。とは言えども、この教
官という女は普通の女に比べればとても背が高い。
 恐らく、百八十センチあるだろう。そんな思考に沈んでいたが教官が首を横に振るのを
見て一つ吐息を漏らした。
「まあ、幼馴染だからいえるんですけどね。夕香と月夜は類似点が多いんですよ。あとで
本を見てみることです。信用していた人に置いてかれ、裏切られ、寂しいのに寂しがらず、
孤独なのに孤独と感じずに、ただ、負の思いを胸に抱きながら幼い頃から生きてきた。
都軌也ならば優也さんの復讐。蒼華なら白空の始末。そんな思いを抱きながら二人は出会
ってしまった。ここまで精神の作りが、経験してきた事が類似しているのはそういない」
 そこで言葉を切った。教官がこちらを見ていた。まだ、耳を傾ける気があるらしい。興
味が無ければすぐにいなくなっている。この教官はそう言う人だ。
「ただ、戸惑っているんですよ。あいつ等は。きっかけさえあれば、打ち解ける。インフ
ェクションが二人を近づけるでしょうね。俺らはそれが原因で離れたけど」
「精神的感染があいつ等にも?」
「都軌也にあるのだから蒼華にもあると考えていいでしょう。強い力になると思いますよ。
二つのインフェクションが同じ力を発揮して重なるのは。それが、距離を縮めてくれると
願いたいですけど」
 そう言うと深くため息をついた。天井を仰いで見ると教官が口を開く気配があった。
「なぜ、お前は二人が近づくのを望む?」
 逆ではないかといいたげなその言葉に苦笑を滲ませると仰ぐのを止めて前を鋭く見た。
「……都軌也が、任務遂行委員に入ったという事は、あいつを殺しに白空が接触を計って
くる可能性があるのです。つまりは、蒼華が裏切る可能性もありうるということです。組
織に情は無用。そう言った考えも出てくるはずです。つまり、早い話が都軌也を蒼華の鎖
としてしまえという事です。そうすれば、蒼華は後に囚われの身にならずにすむ。そう言
う事ですよ」
 彼らしくない策略に教官はさも愉快そうに笑った。
「そうだな。大丈夫だ。あれは近づきつつある。恐らくそのインフェクションとやらが始
まっているからであろう。とりあえず、あいつ等の模擬戦を見なければならない」
「そうですね」
 嵐は一礼すると教官の前から立ち去った。そして一人残った教官は顎に手を当ててぽつ
りと呟いた。
「精神的感染か」
 精神的感染。それは、ある人が他人に依存して他人に自分の心を植え付けることを言う。
その能力を持った人はごく少数で、その少数に共通して言えるのは幼少時に負の感情を抱
くようなことが体験したということだ。
 月夜にも、その能力がある。月夜がインフェクションしたのは唯一の幼馴染であり親友
でもあった嵐であった。その能力で迷惑をかけるのは嫌だと月夜は嵐を遠巻きにしている
のだ。必要以上のことは話さないということで。
「科内と藺藤の中にある能力はヴィジョンか」
 彼らはインフェクションによって、互いに命が危なくなった瞬間の映像が彼らの脳裏に
流れる。月夜がもし胸を槍で突かれそうになるならばその数時間前に嵐の脳裏にそれが映
るのだ。
「……もし、あいつ等に現れるとしたらどんな能力なのやら」
 予想も出来ないなと呟き彼女もまた部屋に戻った。

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